放射線の管理とは
放射線と聞くと漠然と危険なもののように思ってやや身構えてしまいますが、放射線の管理とはどのようなことをされているのかをお伺いしたいと思います。
まず、放射線グループの担う役割を教えて頂けますか。 結城 大学で行われている研究では放射線や核燃料物質を使用することがありますが、これらの扱いには法令で厳しい規制がかかっています。数年に一度のペースで改正が行われる法令を遵守しながら使用施設・設備を運営・維持していくためには、法令に対する専門的な知識と放射性物質に関する科学的な知見の両者が必要となります。
法令への対応の仕方については具体的な記載があるものばかりではないので、学内だけではなく他大学や日本アイソトープ協会、日本放射線安全管理学会等の学外組織とも連携してその解釈について共通認識を持つ必要もあります。
その法令対応の責任者となっている教員が各施設にいるわけですが、必ずしも十分な法令に関する知識を教員が持ち合わせていない、あるいは多くの時間を要する管理業務を教員だけでは行う時間がないという状況にあることから、そこを支援するのが我々のグループの役割だと思います。
日尾 部局で言えば、それぞれの部局にある放射線施設やエックス線装置等の使用に対する放射線防護に関する影響の調査と評価や放射線モニタリング、放射線・放射能計測機器の管理、設備の管理を行うほか、部局内外の放射線施設の利用者(放射線業務従事者)に対する教育・訓練を行ったり、利用に係る相談に応じたり、また、部局の放射線障害予防委員会を通じて施設や従事者の管理状況の報告を行ったり、規程の作成を行ったり、放射線防護や施設の運営に係る提案を行ったりします。
実際の日常業務はどのようなものでしょうか。 結城 私のいる先端量子ビーム科学研究センター(RARiS)は、学外から企業の方なども数多く利用しに来る大規模の放射線施設で、その多くの利用者と大規模施設を放射線関連の法令に遵守するように管理する業務を行っています。以前は放射線関連の研究職に就いていたことから施設利用者の為の実験のサポート、特に放射線測定器の調整や測定手法についての相談も行っています。
また、東北大学全学の放射線関係の安全管理を所掌している原子科学安全専門委員会とその下部委員会のメンバーとして、大学全体の業務のサポートも行っています。
学外においては、放射線関連法令に絡んだ講習会の講師や、国家資格である放射線取扱主任者の取得試験に関しての支援業務などを行っています。主任者になるための学習って、物理、化学、生物、測定技術、法令等幅広くやらなくてはならないのですが、東北地区においては、それぞれの科学の専門の先生はいても、法令の講義を引き受けてくれる先生が中々いなくて。大体私がやる雰囲気になってます。
日尾 部局における放射線、放射性物質の利用にあたり、法令が要求する様々な事項について実務的な対応を行っています。施設の管理、放射線業務従事者の管理などがそれに該当します。また、放射線施設の新築、改築にあたっては、国に届け出る必要のある申請書を作成するための計画や実務を行ったり、廃止する際は、廃止の計画から、廃止の実務の指揮、国に報告する報告書の取りまとめなども行いますし、国や外部組織よる立ち入り検査の際にはその対応にもあたります。
一方、利用者に対し、核・放射線の基礎から、法令、人体に与える影響、その安全な利用方法を教育したり、基礎的な取扱い方に関する実習の指導を行ったり、また利用者からの実験利用に係る様々な問い合わせや相談に対して直接現場で指導を行ったりします。放射能を測定するための様々な測定器の使用方法、特性の説明も行います。
コロナ禍の影響でしばらく実習が行えず、東北大学全学の教育訓練については、講義はオンラインとなり、そのための教材の作成も行いました。
放射線管理者は実は様々な測定器を使いこなすことはあまりよく知られていない側面だと思います。日常の施設管理に使用するサーベイメータ、実験でも管理でも使用する、液体シンチレーションカウンター、ガンマカウンター、実験者が利用するゲルマニウム半導体検出器、ラジオHPLCなど、使用する装置は多岐にわたります。
農学部のような小さな施設でもこれだけの装置の使い方、特性を知っている必要があるほどですから、加速器施設やアルファ核種取扱施設などになるとさらに増えます。
他に非定期的な仕事でいえば、放射線に係る事故への対応や、規制当局による立ち入り検査への対応もあります。
膨大な日常業務をこなしながら、数年毎の法改正や突発的な立ち入り検査にも対応をする必要があるのですね。 日尾 はい、それぞれの施設で対応をしています。大学内には12の放射線関連施設があり、遠隔地の金属材料研究所 附属量子エネルギー材料科学国際研究センター(通称:大洗センター)あるいはサイクロトロン等の大型加速器を有する青葉山・三神峯のRARiSのような大規模な施設から、専門の技術職員も配置されていないような小規模な施設もあります。結城さんが配属されているRARiSの放射線管理研究部を中心に本学の原子科学安全専門委員会で、これらの各施設の状況確認や法令改正に関するやりとりをまとめています。
立ち入り検査の際には担当する職員は緊張感で「戦闘モード」になるとも聞きます。 結城 立ち入り検査等は、3年に一回など定期的なものの他に、「2週間後に行きます」と言ったような抜き打ちで来る場合もあります。それが原子力規制庁だけではなく、いろいろな機関が来ますので、検査、検査の連続で。僕はしょっちゅう「戦闘モード」になっています(笑)。
東日本大震災、あのときになにがあったか
ご苦労が多かった時期かと思います。 日尾 日頃から、地震があれば部局毎の技術職員や担当者が駆けつけて装置や被害状況等を調査し、大学全体の状況を結城さんが取りまとめをしています。
結城 今は震度5強以上なのですが、あの当時は4以上の震度であれば大学までくる必要がありました。
東日本大震災のときは、余震のたびに取りまとめて当時の文部科学省に報告をして、正直ここまでの頻度で報告する必要があるのかと・・・まぁしましたけど。
放射線量も計測していたと聞いています。 結城 震災直後に、物質中の放射性同位元素の数量を正確に測定できる測定器で生き残っているものが宮城県内では東北大のものくらいしかなくなって、東北大でやるしかない状況になっていたので、当時の原子科学安全専門委員会の委員長の先生が宮城県庁に出向いて東北大側から提案する形で測定をやることになりました。
本学の原発事故対応本部のメンバーとして、宮城県や県外から数多くの依頼のある、野菜や魚介類、浄水場や下水処理場の水、牧草などの検体の放射能測定や、宮城県南地区の放射線量の測定等に1年ほど専念していました。
日尾 東日本大震災に伴う福島原子力発電所の事故後、農学研究科の事業場である川渡地区の汚染稲わら測定のために、RI実験施設に土壌・食品放射能測定システムが導入されました。これには様々な測定上の補正機能を有したソフトウェアが備わっており、非常に使いやすい装置でした。導入後、事故で影響を受けた川渡の稲わら以外にも、ヒラメ等海産物、熊肉、土壌、淡水魚などの測定依頼があり測定を請け負っていました。
結城 その時期には、情報を聞きに来るマスコミへの対応や、不安に駆られたり東北の状況を心配する一般市民の方々からの相談の電話への対応もよく行っていました。その経緯があるからなのか、未だに学外の大学・学校関係者等からの、放射線関連の相談(法令対応や、国内での実験設備の相談等)が私個人宛てに寄せられます。
一般市民の方々は放射線に関する知識レベルが人に拠って様々ですので、中々大変でした(笑)。
日尾 農学部が青葉山に移転した後のことですが、大量の測定サンプルを受付けて放射能測定を行おうとした際、冷却機能が故障していて装置が使用できなくなり、同様な装置を他部局でお借りし測定していました。その装置には、放射能を算出するソフトウェアが備わっていなかったため、途方に暮れながらも文科省のマニュアルの計算法を何とかエクセルで組んで放射能計算を行って苦心して結果を取りまとめ、依頼分野へ報告することができました。
冷却機能が戻ったあとからサンプルを再測定して放射能の計算を行ってみましたが、ほぼいい線いっててほっとした記憶があります。
このように東日本大震災のあとは農作物の測定依頼も多く、今でも数は随分減ってきましたが同じような依頼はまだあります。
そう言えば当時、キャンパスの近くの幼稚園から「菜園で育てているヒマワリは大丈夫か」と測定の依頼があり、計測結果を伝えたところ大変感謝されて、ミルク味の飴をもらいました(笑)。
「法令だからやれ」では伝わらない
お二方とも社会人を経て現在の職に就いていると伺っています。 結城 私は研究者を経てから技術職員になりましたが、研究者のときから今と同じような放射線管理業務もしていました。
研究者は利用者側で、放射線管理は管理者側ですから、相反する立場ですが、その両方を経験したことでどちらの立場の葛藤なども理解できるようになりました。利用者側の気持ちに配慮した対応を行うよう気を付けています。
日尾 社会人同士の付き合いと違い、学生を相手にすることの難しさと楽しさを実感しています。社会人同士であればある程度ツーカーでやれる部分が多いのですが、学生はとても自由で(笑)。
例えばどのような部分でしょうか。 日尾 こちら側の情報や知識の伝え方を工夫することで伝わり方が随分と違ってきます。「法律で決まっているから!」と説明するだけでは信頼関係を築けませんから、キチンとかみ砕いて丁寧に説明し、うまくコミュニケーションをとることで理解してもらえるのだと思っています。
学生には知識や技術としては我々より詳しい方もいます。そう言う方が相手の場合には、法律の上にある概念というか、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告が、法律、法令、事業所の既定と降りてくる経緯等も併せて話すことで、教養としても伝わるようにしています。
(管理者としてうるさいことばかり言って、あまりいい印象を持たれていないだろうな)と思っていた学生から、卒業のときに「ありがとうございました」と言われると、報われた気持ちになります。
利用者に伝えておきたいこと、皆さんにお伝えしたいことはありますか。 結城 特に強く伝えるべきことはありません。
皆さん、しっかりルールを守ってね(笑)。
日尾 外からみたら「つまらない仕事」にみえるかも知れませんが、放射線関連の業務は色々な知識が必要で、日常にも関連することがあり、その辺が楽しみでもあります。
人がやりたがらない仕事に深い知識を持っていることがニッチと言うか専門性なのかな。その人しか、自分しか話せないことが身についていく仕事です。
撮影・取材:広報担当部会取材班
Profile
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結城 秀行ゆうき・ひでゆき安全・保守管理群 副代表 核・放射線管理グループ グループ長 統括技術専門員
先端量子ビーム科学研究センター(RARiS) - 山形県出身 1999年度より研究職として東北大に在籍、2008年度から技術職として採用
施設の放射線管理全般や大学全学の放射線安全管理業務の支援、放射線管理に関した相談の受付など
最近は目上の人などに対してもずけずけとものを言うようになってきた。趣味は、最近の有名どころだと「ちいかわ」
自宅でもやっている安全対策:突っ張り棒設置
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Profile
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日尾 彰宏ひお・あきひろ安全・保守管理群 核・放射線管理グループ 放射線管理チーム 技術専門職員
農学研究科 - 富山県出身 2006年度採用 施設管理、放射線業務従事者管理、教育訓練、利用者への対応、放射線障害予防委員会等関連する組織の運営など、RI実験施設の運営に係る業務全般
チェスや将棋のボードゲームを通した交流を愛しつつも日々の業務に追われ最近は楽しむ機会も減っている。この仕事を始めてから、難解な法令の読み込みが苦にならなくなってきた。
自宅でもやっている安全対策:耐震固定
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